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詩仙堂は京都市左京区一乗寺にある曹洞宗の寺院です。一般に知られている「詩仙堂」という名前は中にある部屋の名前で、正式な名前は「六六山詩仙堂丈山寺凹凸窠(おうとつか)」と言います。四季を通じて様々な花を楽しめる美しい日本庭園のある寺院です。
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※使用写真は堀出撮影のものではございません。
詩仙堂の概要
詩仙堂は豊臣秀吉の時代から江戸時代の初めにかけての武将で、詩人、書家でもあった石川丈山(いしかわじょうざん)が晩年を過ごすための山荘として建てられました。
正式名称の中にある凹凸窠はでこぼことした起伏のある土地に造られた建物という意味で、丈山寺はその文字の通り持ち主だった丈山の字が付けられています。六六山は詩仙堂の山号です。
石川丈山は父方も母方も徳川家の昔からの家臣の家柄で、幼い頃からとても武芸に優れていました。16歳の時に家康に仕えることになり、1600年(慶長5年)、18歳の時に関ヶ原の合戦に出陣し、その戦いぶりから家康の信頼を得て、その後は順調に武将としての出世の道を歩んでいくことになります。
しかし、1615年(慶長20年)丈山33歳の大坂夏の陣では家康の許しなしに一番槍として斬りこむなという命令に背き、先陣を切って敵陣に切り込んだため、敵将の首をとるという大きな手柄を立てたのにもかかわらず、家康の怒りをかって追放されてしまいました。
その後、各地を転々としていましたが、京都に落ち着き、1641年(寛永18年)丈山は59歳にして詩仙堂を立てることとなります。
詩仙堂では詩を読んだり、儒学者の林羅山など、多くの一流の文化人とも交流し、特に茶道においては煎茶を嗜んで「文人煎茶の開祖」とも言われるようにもなりました。
丈山が亡くなった後、詩仙堂は少し荒廃した時期もありましたが丈山の養子だった石川十太夫の子の数馬より、門人で儒学者の平岩仙桂(ひらいわせんざん)が詩仙堂を受け継いでいきました。1821年(文政4年)丈山没後150年の御遠忌には大掛かりな建物の改修が行われて庭園も改修されました。
詩仙堂のおすすめ写真スポット
詩仙堂のおすすめ写真スポットは1641年(寛永18年)に造園にも才能があった石川丈山が自ら作庭したという枯山水庭園です。
綺麗に砂紋のつけられた白砂には中国の山並を表現したというこんもりと刈り込まれた大きなサツキの植え込みがあります。春から初夏にかけては美しい花を次々と咲かせて、来る者の目と心を和ませてくれます。
他にも自然に囲まれた境内では四季折々に様々な草花が楽しめ、秋の紅葉、それもサツキの緑とのコントラスト、庭園を真白に染める冬の雪景色もそれは見事です。
詩仙堂の交通アクセス・拝観案内
住所 | 京都府京都市左京区一乗寺門口町27番地 |
拝観案内 | 午前9時から午後5時まで(拝観受付は午後4時45分まで) |
料金 | 大人500円、高校生400円、小中学生200円 |
交通アクセス | JR京都駅から京都市営バス5号系統で「一乗寺下り松町」で下車、そこから徒歩で約7分。 |
その他のおすすめ写真スポットが知りたい場合は「京都の写真スポット検索」をご確認ください。
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